2019/06/02

「繰り返す」事の意味

私達の経験が創造される過程には一定のパターンがあり、信念→感情→思考→行動→出来事→信念→・・・と言う様な繰り返しによって起こっています。

そして、スピリチュアル的にどの部分を替えて行く事で、経験創造の流れが自然に調和的なものへと替わって行くのかと言えば、それは明確に「信念」の領域であると言うことが出来ます。

「信念」とは、「常識・世界観」の領域であり、それを新しく切り替えて行くことを「パラダイムシフト」と言います。私が、電子書籍を書き始めた当初から、最重要視している事柄です。


そうした取り組みの詳細については、電子書籍「自らの経験世界に高次元を映し出す(上下巻)」で取り上げて来ましたが、パラダイムシフトへの取り組みと言うのは、基本的に経験創造の流れを遡って行く事になります。

つまり、出来事から学び、行動を改めようと思考し、感情をコントロールしようと努力を重ねる中で、信念が徐々に変化して行くのだと言う事です。

スピリチュアルな目覚めに取り組んでいる最中と言うのは、取り組みその物が、こうして自然の流れに逆らった中で行われています。そのため、試行錯誤や後悔・反省の繰り返しによって経験されることになるのです。

3次元的な経験創造の流れの中にありながら、それに逆らって4次元的なあり方を少しずつ信念の領域にまで届けて行く訳ですから、それは仕方の無い過程であると言えます。

つまり、信念を取り替えるパラダイムシフトの過程と言うのは、「繰り返しによって少しずつ前進して行く」ものなのです。

例えば、思考の領域を取り替える事は、それに比べたらとても簡単です。読んで、あるいは聞いて理解できれば、それでその部分については完了なのですから。

しかし、信念の領域と言うのは、理解できるだけでは不十分なんですね。そこでのポイントは「理解」にあるのではなく「信じる」事にあるのです。心の置く深くから、100%それを信じた時に、はじめてパラダイムシフトが完了して行く事になります。

スピリチュアルな本を読めば、多次元世界やエネルギー的な現実について知って行く事になりますよね。ここにいる多くの人が、そうした世界観を知っていると思います。

しかし、それだけではパラダイムシフトは起こらないんですね。それではまた、3次元的なあり方の中で、4次元的な世界の欠片を知っていると言うに過ぎません。

既にパラダイムシフトをしている人達が、どう言う所にいるのかと言えば、そうした4次元的なあり方・世界観と言うのは、実際にこの現実に照らし合わせてみれば「当たり前の事実に決まってる!」と言う現実の中にいるのです。

そう言う人達は、例えば引き寄せの法則1つをとっても、そう言う考え方があるだとか、どうすればそれを活用できるのかと言うのではなく、そんなのは当たり前の法則であり、あれもこれも、ほら、そこら中でいつでもどこでも当たり前に機能している事でしょと言う話なのです。

それが、パラダイムシフトを経ると言う事であり、4次元的なあり方に到達するということになります。

そうした所にまで辿り着くための取り組みと言うのは、先ほども書いたように、経験創造の流れに逆らって、少しずつ進められて行くのだと言う事でした。

そこで、とても重要になってくる取り組み方と言うのが「繰り返し」なんですね。

3次元的な現実の中では、「思考」の領域における「知識の量」が最重要視され、それを比較して優劣を競う事で前進を実感しようとしていました。

そのため、既に思考の領域において知っている事を、繰り返しによって信念の領域にまで少しずつ浸透させて行くと言う事に対して、価値・意味を見出さない人が多いのです。

しかし、既に知っている事を「繰り返し」自分の中に浸透させて行くと言う事は、知識を常識へと変えて行く上で欠かす事の出来ない取り組みであると言えます。

例えば、ドキュメンタリー・ドラマ・アニメ等の動画で言えば、私は子供の頃から、気に入ったものは何十回でも繰り返し見る事を好みました。特に「動画」と言うのは、繰り返す事に適した取り組みの1つだと言えるんですね。

ストーリーを知っているから、結末を知っているからもう見ないと言うのではなく、そこに伝えられているメッセージ・世界観・価値観・生き様などを、それによって自分の信念の領域に焼き付けて行くのです。

もちろん、修業的に我慢してそれをするのではなく、自分の中の渇望に応える形で「自分にあったもの」によってそれを進めて行く事になります。

例えば本であれば、特に質の高い本であるほどに、数年たって読み直せば、以前には理解できなかった視点からの新しい発見が次々と見つかるものです。もちろん、目覚めの過程を進んでいればと言う事ですが。

私たちは、スピリチュアル的な目覚めの過程において、浅いところでいつまでも浅い知識を探し続けて行くだけではなく、既にある知識を、より深いところから理解して行くような方向性にも意識を向けて行く必要があります。

つまり、それを具体的に言えば、「繰り返し」による学びの深化を意識して行くことも大切だと言う事なのです。


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